2019年11月2日土曜日

2019.10.28 学生の部

指導者:友利七海
瞑想内容:ボディスキャン・呼吸瞑想
出席者数:6名

 本日は最初にボディスキャンを行なった後に,呼吸瞑想を行ないました。ダンマシェアリングの時間では,「『1カ月後はこうしたい,半年後は新しい環境で頑張っているんだろうな』といった未来のことを想像して,そこで苦戦したりイライラしている自分を思い浮かべ,それに気づいた時は眉間にしわが寄っていたり顔全体が硬直している感覚があったが,こうして注意が逸れたことに対して評価するわけではなく『また来たね。待ってたよ。』と迎え入れ,それをそのままにしながらまた呼吸や身体の感覚に注意を戻した。」といった感想が挙がった。
 それに対して,指導者の友利は「よく火事の話に例えられるように,どのような出来事からどんな感情が出てくるのかといったプロセスに気づく練習をすることで,その感情が大きくなる前に早く気づけるようになる。今後もこうした心の声に気づく練習を続けてほしい。」と仰っていました。
 ストレスの多い現代社会では,自分の感情の渦に巻き込まれていることに中々気づけないものだと思います。しかし,感情が膨れ上がるプロセスに気づく力を高めることで,その火種が小さいうちに自分の気持ちに上手く折り合いがつけられるようになるのではないかと思います。私も日々マインドフルネス瞑想を絶やさず実践していこうと思えました。


 ※(再び更新が遅くなってしまい大変申し訳ありませんでした。今後も更新していきますので,宜しくお願い致します。)
 
友利(研修生)
 
 



2019年10月23日水曜日

2019.9.9 学生の部

指導者:友利七海
瞑想内容:呼吸瞑想
出席者数:3名

 本日は呼吸瞑想を行いました。感想では,「瞑想中に心臓の鼓動に注意が向いて,なんで今日はこんなに早いのか,いろんな締め切りが近いからなのか等考えていた。呼吸瞑想ではいつもより眠気等はなく,途中で眠気がきたが,時間は短く感じた」と述べた方がいました。この感想に対し,「途中で眠気が来たことはどう感じますか?」と指導者が尋ねると,「うまくいっていたのにイライラした」と答えていました。そのことについて指導者は「そのイライラは,ずっとありましたか?」と尋ねる。参加者は,「イライラは途中の眠気等で消えていった」と話されていました。
 別の参加者の感想では,「眠気にとらわれることが多く,カクッとなってハッと気づくことが何度かあった。この日は,序盤からいつもやるような手の形を作るのもしんどいと感じ,膝の上に手を置いていたが,自分はしんどい時に脱力する癖があるなと気づき,改めてやり直せた。ただ,掲示にある【頑張らないこと】について思い出し,これは頑張っていることになるのではないかと考え始めた」と感想を話していました。指導者は,「悩んでいる自分には気づけましたか?」と尋ねると,参加者は「しばらく考えていたが,今は考える時間じゃないやと思った」と答えていました。指導者は,「いつものパターンから抜け出せたという経験が一つできたのはよかったのではないか」と話していました。
 別の参加者の感想では,「ボディスキャンの時に,体の部位での違いに意識を向けてみましょうという教示があったので意識を向けると,膝や肘などの大きな関節は感覚が感じにくいなと感じた。呼吸瞑想ではいつもは顔の空気流れに意識を向けているが,今回は肺や横隔膜辺りに意識を向けてみた。そうすると結構動きが大きいということを感じた。全体を通しては,意識が逸れたり,痛みにとらわれたりしたが,そこに気づけていたからよ良かった。先ほどの参加者の話を聞いて,自分の瞑想も頑張っていたのではないか?と考えた」と話していました。これに対し指導者は,「学生の部でボディスキャンはいつも座って10分程しかしないが,45分横になってやるボディスキャンはまた感じ方も変わってくると思うので学生の部でもやっていきたい。また呼吸から注意が逸れた時どのように戻しますか?」と尋ねると,参加者は「とりあえず1回の呼吸にしっかりと意識を向けて,そこから流れに乗ります」と答える。指導者は,「【気づいて,戻す】は2つしかないと思いがちだが,気づいて戻る間にいろんなことを行ったり思ったり感じたりします。その間のプロセスで,いろんなことをしていると思うので細かい自分の変化に気づいていけたらいいですね。皆さん身体の観察がよくできてきているので,その中で気づいて戻す間のプロセスも意識できるようになっていき,日常の中でも意識化できるようになり,応用していけばいいなと思います。」と話されていました。

議事録担当:城御堂(研修生)

2019年9月4日水曜日

2019.9.2 一般の部

指導者:伊藤義徳
瞑想内容:呼吸瞑想 出席者数:28名

 本日は呼吸瞑想を行いました。感想では,「今日はきつかった。椅子に座っているので長く続けられると思ったが,脚が痛くなり,どうしようと思った。教示を聞いて,注意を呼吸に戻していくと痛みがおさまった。でもまた出てくると,どうしよう,まずい,続けられない,と心が揺らぐ自分がいた」と述べた方がいました。この感想に対し,「痛みが出て来た時に,どういう風に関わったか」と伊藤先生がたずねると,「自身の中で痛みが生じた原因を考えていた」と話されていました。これを踏まえて,「体の感覚が思考を動かし,何とかしたい,と欲求が出てくる。瞑想をしているはずなのに,思考にとらわれてしまうと苦しくなりますよね」と,身体感覚と心が相互作用すること,そして思考への囚われは苦しくなる要因につながることを振り返っていました。
 また,初めて参加された方で,「途中,自分の悩みごとの対象である人物のイメージがでてきた。今回は,遠くの方へ持って行かせたが,どうやって手放せばよいか」という質問がありました。伊藤先生は「素晴らしい,それで十分。自分に合った方法やその時に出来る方法で,上手く出来たのであればそれでいい。例えば,“後でね,ごめんな”と対話をする感じでもいいし,テレビを消すようなモーションをイメージしながらでも良い」と,例を挙げながら呼吸に戻る方法を伝えてられていました。
 そして,「最後の辺りで,“自分の悩み・苦しみがなくなりますように”という教示もあったが,これはこれで“囚われ”にはならないのか,と疑問に思った」といった感想もあり,「最後は慈悲の声掛けを入れた。マインドフルネス瞑想の効果は,慈悲の心―セルフ・コンパッションを育てることによって得られるところもある。でも,これは“幸せであるべきだ”という価値観とは違う。ただ願い,自身が幸せになる行動を取り入れていくことで,うつの再発予防にもつながる。マインドフルネスは“心の筋トレ”と例えられるが,ただストイックにやればいい,というわけでもない。自分自身に温かく,励ましながらトレーニングを続けていくと良いのでは」と返されていました。
 自分自身に「よく頑張ったね」「お疲れ様」などの温かな声掛けをしていくことは,忙しない日々を送っていると,忘れられてしまうかもしれません。ですが,自分を労わる声掛けが出来れば,苦しい事があっても,それを糧に,“何とかなる”のかもしれません。

(久々の更新となってしまい,大変申し訳ございませんでした)

議事録担当:友利(修士2年)


2019年5月12日日曜日

2019.4.22 一般の部

指導者:伊藤義徳
瞑想内容:ストレッチ瞑想

 本日はストレッチ瞑想を行いました。ここでのストレッチ瞑想は,体を動かしていく中で自分の体の感覚に注意を向けることをおこなっていきました。ダンマシェアリングでは,「ゆっくりストレッチをすると,自分の体の重みが分かったり,力が入っているな,と思った。普段デイケアでやっているストレッチと比べて,1つ1つに意識を向けていていいな,と思った」という感想があり,「ストレッチというと,グイグイと動かしていく感じがあり,それの良さもある。しかし,ゆっくりやると重たいし,自分が生きているという感じがより実感できるのでは」と伊藤先生は返されていました。また,「色んな気づきがあった。普段は呼吸瞑想をやっていて,その中で気持ちが逸れたりしていた。ストレッチは,伸ばしている体の部分に意識が向いていた。腕を伸ばすと,血液がワーと流れる感じ,どちらかというと体の中を感じている気がした」と感想を持たれた方もいらっしゃいました。伊藤先生は,「静の瞑想と動の瞑想がある。静の瞑想もしっかりされたから,そのような感覚が得られたのでは」とコメントされていました。
 ほかにも同様に,普段行っている瞑想と今回行ったストレッチ瞑想を比べて感じたことについて,感想にあがりました。「普段,体に注意を向けているのは,(動かない状態の)足先とかお腹とかで難しい。今日は肩も͡凝っていたせいか,筋が伸びる感じがあり,すぐにそこに注意が向けられた。こんな楽でいいのかと思った」といった感想に対しては,「そうですね。ボディスキャンをやったあとにストレッチ瞑想をやると,これでいいのかって思いますよね。瞑想中に,引かれる注意と向ける注意がある。音などの刺激があるときには,注意が引かれるが,これは自動的。ボディスキャンは自分で能動的に向ける注意になる。最終的には向ける注意を高めることが,目標になる。どちらの注意の訓練も出来るとよいのでは」と返されていました。
議事録担当:友利(修士2年)


2019年4月21日日曜日

2019.4.15 学生の部

指導者:伊藤義徳
瞑想内容:呼吸瞑想,ボディスキャン

 この日は呼吸瞑想,ボディスキャンを行ないました。ダンマシェアリングでは「身体の一部に集中するというのがなかなかイメージがつかみにくい」という感想がありました。
 それに対し伊藤先生は「イメージがつかみにくいというのはどういうことなのか?」と問い,学生は「どう思ったらいいのか分からない」と答えました。それに対して「理屈で言えば,人には皮膚があるのだから,身体中どこにも感覚器があり,身体の一部を観察して,そこが感じていることをそのままキャッチすればいいわけだが,最初からそれを出来るようになるのは相当難しい」と答え,さらに,「瞑想では,自分の中で起こっていること全てが気づきの対象である。ただ身体を観察すればよいのではなく身体の一部を観察していくことを通して感じたことに気づいたり,ちゃんと出来てないという不全感にも気づき,「そんなのもあるよね」と認めていくのが目的である。そんな気持ちで瞑想を積み重ねていってほしい。」と仰っていました。
 最後に質問する時間を設け,学生から「ボディスキャンの教示の中で身体の一部に注意を向けた後に,身体の隅々まで空気が行きわたる流れをイメージして2回ほど深呼吸するのはどういう狙いがあるのか」と質問がありました。それに対して,伊藤先生は「MBSRとMBCTで目的が違い,MBSRでは注意の向け方に多様性があることを体感してもらうためにある。一方でMBCTでは,後半の5, 6セッションで身体感覚(痛み,しびれ)と思考の間に空気の流れがあるというイメージで息を吸い入れるということをスキルとして用いて,思考と距離を置くために前半のセッション1, 2でボディスキャンで息を吸い入れる練習をしている。」と答えました。
 また,伊藤先生は「マインドフルネスというのはヴィパッサナー瞑想の体系もあり,MBSR,MSC,MBCTもあり,それぞれの方法や技術などがある。興味をもったら自分で調べて,マインドフルネスの多様性を楽しんでいただきたい。」と仰っていました。

議事録担当:友利(研修生)

2019年4月8日月曜日

2019.4.8 一般の部

指導者:伊藤義徳 出席者数:21名
瞑想内容:ボディスキャン

 この日は,ボディスキャンを行いました。感想では,「普段身体に痛みが出た時にしか気づいていないということに気づいた。普段使わない身体の部位に気づくことができた」と話された方がおり,伊藤先生は「肌は感覚器の中でも多くの情報が得られるにもかかわらず大事にしていない。そこに気づけたことがまず大事な気づきです。また,日常生活のうちにずっと気づいていればいいというわけではなく,瞑想の時間に改めて気づいてあげることが,自分を大切にしてあげる行為でもある」と返されていました。
 また,「咳が出始めたので外に出ると中庭があることや風の音に気づいた。その後戻り,中に入らず靴箱の匂いを嗅ぎながら瞑想をしていたが,いろんな気づきがあった」と話された方がいました。伊藤先生は「姿勢が変わるとなかなか瞑想という感じになれないですよね。瞑想を楽しめなかったのは残念ですが,いろんな気づきがあったのは良かったです。また,癒しを得るのがマインドフルネスではなく,その場の香りから過去の記憶に気づくように,時も場所も選ばず行えることもまたマインドフルネスであります」と返されていました。
 さらに,「初めて参加しましたが,普段の思考の移り変わりに気づいた。また,足に集中することは難しかった」と話された方がいました。伊藤先生は「心は思いのほかじっとしておらず,操りがたいものである。マインドフルネスでは,自分をうまく整理することというよりも自分ってうまくいかないな,もしかしたら隣に座っている人もそうなのかもなという風に知っていくことが大事です」と返されていました。
 最後に,「雑念がすごくて教示が聞き取れなかったが,後半は落ち着いて聞くことができた。また,かゆみを我慢することができるようになった」とかゆみについて話された方がいました。伊藤先生は「誰しもが瞬間に心がさまようもので,魔がさすこともあれば,その瞬間に誰かを理解することもできる。また,我慢についてはかゆみをそのままにさせておけることは強い力であります。そして,マインドフルネスは特効薬ではない」と少年院での話やMBSRの話を交え説明されていました。マインドフルネスは日々生活の中で続けることで,いざというときに役立つかもしれないと話をされていました。

                               議事録担当:城御堂

2019年4月3日水曜日

2019.4.1 学生の部

指導者:伊藤義徳 出席者数:6名
瞑想内容:呼吸瞑想,ボディスキャン

 新年度,最初の瞑想会は学生の部でした。この日は伊藤先生の教示の下,坐位でのボディスキャンを行いました。ダンマシェアリングでは,「大荒れだった。眠たかったら目を開けていい,と教示があったが,それでもなかなか眠くなる感覚には気づかなかった。思考に離れていく感じに気づくのが遅かった」「自分の体の感覚が全く無い感じがあった。足がしびれている感覚は捉えられたが,それ以外は感じられず,こんなこともあるんだな,と感じた」「リングみたいなやつがぐるぐる回って,リングの部分が熱く感じた。背中の痛みが出てくると,そこに注意が逸れていた」「目を開けて行ったが,目が乾く感じが出た。しかし,自分で無意識に目を開け続けていたことに気づいた。自然な呼吸,と同じように自然な目の状態(まばたきをする)に戻していった。視界にマットを入れる段ボールが入ってくるので,傾いているな,とすぐ思考に飛んだ経験もあった」といった感想がありました。
 伊藤先生は,気になった感想をテーマに振り返りました。例えばあまり感覚が無かった,と感想を述べた学生に対して,「服の感じは感じたんだね。それ以外は何を感じる必要がある?」と問い,「いつもはかゆみが出てきてそこに注意を向けたり観察したりしていたが,今回はそれがなくて,退屈で何もないな,と思った」と答えていました。それに対して,「いつもはこうだったのに,と比べる必要はない。あるかないか,より,まずは“今あるもの”に目を向けていけたらよいのでは?その時に,“いつもとは違う!”と思っている自分に気づくことはなかった?」と問い,学生は「無かったですね」とその点にはまだ気づくことが出来ていなかったようでした。「確かに単純な作業だから,退屈だと思う。でも,“退屈”という感じは苦・楽・不苦不楽の中で言う不苦不楽にあたる。それが続くとだんだん嫌悪感に変わってしまう。瞑想の中で,評価システムに支配されることに気づいていくことが目指される」と,まとめられていました。
議事録担当:友利(修士2年)